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大阪のマーケティングリサーチの専門機関、市場調査社のスタッフブログです。
日常生活でスタッフが感じたことや、弊社のサービスの紹介をしていきます。

フィクションの中のマーケティングリサーチ(中野)2017年7月28日 金曜日

昨今、様々な職業が漫画やドラマ化されていますが、我がマーケティングリサーチ会社が舞台であったり、リサーチャーが主役であったりする創作物を見かけたことがある方はほとんどいないのではないでしょうか。

メーカーが舞台となる際には、宣伝や広報、商品企画部のオフィスシーンで「部長、市場調査の結果はこちらです。」などと、市場調査結果が出てくることはありますが、実査を行うシーンが出てくることは極めてまれです。

今回は、知る人ぞ知る「街頭調査を行うリサーチャー」が登場する創作物をご紹介しましょう。

 

■マンガ編 「東京ラブストーリー」

東京ラブストーリー 柴門ふみ

 

かの大ヒットドラマ「東京ラブストーリー」のカンチとリカの勤務先は、スポーツ用品を取り扱っている会社でしたが、柴門ふみ原作のマンガでの勤務先は、大手電器メーカーを若くして退職した社長率いる「和賀事務所」という10名程度の小さな会社です。

作中、この会社の業務内容が説明されることはなく、作品紹介では広告代理店とされていることが多いのですが、広告制作や提案をしているシーンはなく、マーケティングに使用するデータを提供することが基幹業務である様子。そして、何を隠そう会社の中では若手のカンチのしている仕事はリサーチャーそのものなのです。

 

冒頭のオフィスシーンから、依頼先の化粧品会社で「この市場調査でもわかるように… おたくもいつまでも、老舗の殿様商売では客が離れますよ」と言い放ち、「我が社は依頼された情報を提供すればいいのだ。批評を加えるなんて十年早い!」と社長に怒られるカンチ。

 

社長の評価が甘いリカに対してカンチは良い印象を持っていないのですが、2人の関係が一歩前進するきっかけとなるエピソードが街頭調査なのです。

 

ある日「シューズメーカーの依頼で、今秋にむけてのトレンドを知るために市中のシューズの統計を集める」「街頭で500足の写真を撮り、データをコンピューターに入力する」「この仕事は、今一番やる気にあふれてる二人に頼むことにした」と社長から任命されるカンチとリカ。

 

街頭で500足の写真を撮るとなると、なかなかの大案件です。1枚撮影するのに平均1分かかるとしたら所要時間は500分=8.3時間、何とか1人日で撮り切れないこともないですが、エリアや年代の割付を考えると実査に3人日は欲しいところ。2017年に生きるリサーチャーの私であれば、勝手に撮影してトラブルになるリスクを踏まえて、ネットモニターに普段履いている靴の写真を送ってもらうプランを提案しますが、1990年前後の東京が舞台の「東京ラブストーリー」世界では汗水を垂らす以外に方法はありません。

 

というわけで、渋谷を道行く人の足元をカメラで撮り続けることになったカンチと、それを通行人調査でお馴染みのカウンターでカウントするリカ。

どうやら全く割付はないようで、リカは単純にカウントしているだけ。対して、カンチは24枚撮りのフィルムカメラと思わしきカメラを抱えて、撮影してはしょっちゅうフィルム交換をしないといけないという何となく不公平感のある役割分担です。リカの服装はバブル時代らしくDCブランドのスーツにヒール靴で、お世辞でも街頭調査に向いているとは言えません。

1日で終える予定なのに、途中で女連れの三上に出会い、お茶なんかしているせいで進捗に遅れが出る2人。降り出した雨にもめげずにカウントし続けるリカを見直し始めるカンチ。夜もすっかり更けた頃に、ようやく500枚を撮り終えます。

 

翌日の夕方、現像してきたばかりの写真を社長に見せるカンチとリカ。

「それじゃ、今日さっそくこれらの写真を分類してインプットしといて」と言われた2人は、台紙に写真を貼ってバーコードで分類し、コンピューターにバーコードの情報を送信しています。最終的にはコンピューターで分類の集計を行って、写真は台紙に貼った原本を納品するのでしょうか。

何とも使い勝手が悪そうですが、弊社のベテランリサーチャーに聞くとパソコンが普及する以前の実態としてはあながち間違ってはいないとのこと。

 

さて、カンチやリカのように仕事そっちのけで恋愛にうつつを抜かしている社員がいるせいなのか、提供情報に付加価値をつけることができなかった社長のせいなのか、この会社はストーリー中盤で倒産してしまいます。社長の紹介で「二ツ橋産業」という会社に転職した2人は別の部署に配属され、街頭調査を行うことは二度とないのでした。

 

■歌編 ベリーベリーストロング~アイネクライネ

ベリーベリーストロング~アイネクライネ 斉藤和義

私が知っている限りでは、JPOPで街頭調査が登場する曲はこれだけです。

 

駅前でアンケート調査 何で俺ばっかこんな目に

バインダーなんか首から下げ 誰からも目をそらされ

見ず知らずの奴になんか教えるもんかよ個人情報

 

 

と来たものです。

 

この曲は作家とのコラボレーション曲で、実は元ネタとなる小説があります。

 

アイネクライネナハトムジーク 伊坂幸太郎

 

主人公の佐藤はマーケティングリサーチ会社勤務の27歳。自社サーバで実施していたWEB調査のデータを先輩と誤って消してしまい、幸いデータは九割方復旧できるということが分かったものの、罰ゲームとして半ば自虐的に定時後の街頭調査を行うことに…

何のための罰ゲームやねんと言いたくなりますが、これが上記の歌の冒頭に繋がるわけです。

WEB調査時代に生きる佐藤は街頭調査に対してかなり辛辣ですが、対象者とのちょっとしたやり取りでやる気を取り戻します。

 

街の風景描写としてアンケート調査が歌詞になることはあっても、首に下げたバインダーまでが歌詞になることはまずないのではということで、私としては超レア級に認定したい曲です。

 

 

以上が「街頭調査を行うリサーチャー」が出てくる創作物の私の持ちネタ全てですが、いかがでしたでしょうか?

長期連載なだけあって「課長島耕作」シリーズには、1シーンくらいアンケート調査をしているシーンがあるのでは…と踏んでいるのですが、まだ検証ができていません。他にご存知の創作物があれば、是非教えていただけると、謝礼は出ませんが中野が喜びます。

 

(中野)

60年前の女学生の就職事情(中野)2017年1月27日 金曜日

先日、古本市で古い少女雑誌を入手しました。「もはや戦後ではない」で有名な1956年(昭和31年)、10月号の「新女苑」という雑誌です。

 

■雑誌「新女苑」とは

表紙1

ネットでちょっと調べたところによると、「新女苑」は1937(昭和12)年に創刊された実業之日本社の雑誌で、1959年(昭和34年)まで発行されていたそうなので、1956年は雑誌としては末期に近い。

同じく、実業之日本社から創刊されていた「少女の友」のお姉さん雑誌という位置付けで、明確な記述はありませんが、誌面を見る限りでは10代後半の女子高生が対象とされている感じです。

私が買った号だとざっと60年前、現在70代後半の女性が読んでいた号ということで、さすがに当時の読者の声はネット上には見当たりません。

女子高生向けと言えども、女性の高校進学率が50%、大学進学率が5%程度の時代ですので、読者の中心層は中流以上の家庭の娘さんだったのではないでしょうか。

読み物が中心で、現在の週刊誌に近いですが、内容はややお堅目で、現在似たような雑誌はありません。グラビアに載っているスターは男性ではなく、同年代の女性が中心です(左:朝丘雪路、右:草笛光子)。

グラビア1

この年、大物議を巻き起こした「太陽の季節」に関しては、「最近の若者は皆ああだと思われたら困る」といった批判的な投書が掲載されています。

 

■60年前の女学生の就職

目次1

さて、この号の巻頭特集は結婚についてで、これはこれで面白いのですが、二つ目の特集である職業企画がなかなか面白い。

職業企画は3本立てで、現役のスチュワーデスに女子大生が話を聞くという対談企画(当時女学生の注目を集めていたのはスチュワーデスだったらしい)、若い女性のための有望な職業36種の紹介、職業安定所からの就職に対するアドバイスが掲載されています。

当時は神武景気の真っ只中であるものの就職難だったらしいのですが、女学生の就職は好調で希望者の95%以上が就職できており、しかも3年程度で寿退職する人が多かったため人材の回転がよく、新卒採用だけでなく中途採用も活発であるとあります。

女学校卒業後すぐに結婚する人がいる一方で、ちょうど集団就職が始まった頃なので、あくまで東京近郊に住む中流階級以上の女学生の就職事情だとは思いますが、内定に至るまでの手順は、現在とほとんど変わりません。

筆記試験、面接、会社によってはグループディスカッションを課す会社もあるとあります。3~4社受けて1社しか受からないのが普通で、なかなか決まらない人では10社以上受けてようやく内定が出ることもあるので諦めないようにとあります。

どうせ3年程度しかお勤めしないのであれば、そんなに就職先にこだわらなくてもいいような気はしますが、友達に自慢できる&労働環境が整っているということで、一流企業に勤めるのがステイタスだったらしい。

一流企業は倍率が10倍以上と高かったそうで、特に百貨店の店員は人気。育ちの良さが重視され、最も狭き門である東京三越に至っては、縁故採用のみだったとか。

履歴書以外に戸籍謄本や身の上調査書も必須だったそうで、そういう意味では現在よりも厳しい就職事情であったと言えましょう。肺病がないことが条件に挙がっていることも時代を感じます。

 

■60年前の給与

有望な職業36種の中には、モデルや女優、まだ女性が少なかった新聞記者やラジオ・テレビプロデューサーが含まれていることから、あまり現実的なラインナップではないように思えますが、保母、看護婦、学校教員、公務員といった、ひょっとすると定年まで勤め上げることができたかもしれない手堅い職業も含まれています。

現在ではおそらくほぼ需要が無くなってしまった、キーパンチャー、英文タイピスト、電話交換手、速記者が眩しいです。

この職業紹介には、職業に就くために必要な資格、条件、初任給が掲載されているのですが、職業によっては、現在の給与水準と異なっているものがあるのが興味深いです。

ちなみに、この年代の大卒の初任給は1万円、この特集を見る限りでは、高卒が8,000円、中卒は5,000円くらいが相場だったようで、初任給の時点では男女の給与格差はそれほどなかったのではないかと思われます。

モデルや女優を除外するといちばん給与が高そうなのが、皆の憧れのスチュワーデスです。基本給が1万5千円で搭乗する度に付く手当などを含めると2万2~3千円、アメリカ行きなど国際線の乗務があるその度に60ドルの小遣いが支給されるということで、前段の対談では女子大生からは嘆息の声が上がっています。

当時は1ドル360円の時代なので、日本円に換算すると約2万円(初任給相場の2倍)が小遣いとして支給されたということですね。そもそも現在に比べると滞在費が約3倍かかるので、丸々ポケットに入ることはなかったでしょうが… 日本円の額面だけで計算すると、月給が常に5万円あった場合、現在換算すると月収が100万円になりますので、年収に換算すると、なんと20代で1,000万プレイヤーの高給取りになります。すごい。

各種学校へ通って資格取得が必要となる職業は、初任給1万円前後が多い様子。教員1万円、保母9,000円、看護婦7,000円。看護婦よりも保母の給与が高いのが現在と違いますね。看護婦はそこそこ昇給するようなので、3年勤めると逆転したのかもしれません。

百貨店の店員は高卒で8,000円、公務員は大卒で6,500円と相場からするとかなり低いため、昇給もあるし待遇もよくて結婚後も勤められるから3年は辛抱しなさいなんてことが書いてあったりします。

 

私がこの時代の女学生だったとしたら、共働き覚悟で教員や公務員を目指すのもありだし、家計の足しにするのは洋裁の技術を持っているのがよさそうだけど、英文タイピストはかっこいい、3年程度で辞めるのであればおしゃれなオフィス街で働けるなら何でもいいな…、といろいろ目移りします。

この年代の女性の人生は、職業選択よりも配偶者選択や家庭による影響の方が大きかったでしょうから、最初の就職がその後の人生にどの程度影響があったのかは分かりませんが、聞いてみたいものですね。

(中野)

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